2013年4月22日月曜日

ムトゥ 踊るインド経済(1)


ムンバイ赴任前に知っていたこと


ダニー・ボイル監督のスラムドッグ$ミリオネア(原題: Slumdog Millionaire)は、ムンバイのスラム街で生まれ育った少年が、その過酷な生い立ちの中で身に付けた知識で、大金のかかったクイズ番組を勝ち抜く様子を、発展著しいムンバイの街並とともに描写し、2009年のアカデミー作品賞などに輝きました。とても好きな映画のひとつです。もっとも、この映画を見たときは、まさか自分がムンバイに駐在することになるとは夢にも思っていませんでしたが

ムンバイ赴任前、私は株式や債券に投資する仕事を東京でしていました。その間、ムンバイにも出張で訪れたことがあるので、今回の赴任が初めてのインドではありません。ただ、当時の関心対象はもっぱら市場や経済で、出張も短期間で証券会社などを訪問しただけでしたから、インド社会に対するイメージは「スラムドッグ〜」程度の認識しかありませんでした。

現時点で、インドに入国してから一週間が経過しました。たかだか一週間ですが、私のインド、あるいはムンバイに対する認識はずいぶん変わったように思います。何を見て、何を聞いて、どのように変わったかは、別のエントリーで少しずつ記載します。これから数年間(だと思います)の赴任生活で、認識はもっともっと変わるでしょう。今から楽しみです。

さて、株式や債券に投資する仕事に携わっていたことで、市場や経済を見る際、ほとんどすべてのことを数字に置き換えることが習慣になっています。そこで以下では、私のインド経済に関する理解を、ザックリとまとめようと思います。少々長いので、エントリーは今回と次回に分けることにします。なお、以下の記述にあたっては、経済産業省のサイトジェトロのサイトなどを参考にしています。


インド経済(1)


12億人とも13億人とも言われる人口を擁し、「アジアで3番目の経済大国」と本人たちも胸を張るインド。しかし、世界経済あるいは世界金融市場の中での地位は、少なくとも現時点で、決して優位に立っているとは言えません。

人口ピラミッドが先進国や工業国化した後の中国とは異なり、比較的きれいなピラミッドを保っているため、経済発展に伴った労働力供給や、拡大する中間層の旺盛な消費意欲、すなわち市場という意味で、たいへん魅力的であることは疑いの余地がありません。ところが、どんなに豊富な労働力人口を抱えていようとも、残念ながらそれを吸収する産業基盤が無い

まったく無いということではなくて、利用可能な労働力に対して資本の投下がまだまだ足りない。メディアにもよく取り上げられるソフトウェア産業のように、局所的に「輸出」可能な 財・サービスはあるものの、国全体として労働人口の大きな部分が農村部に張り付いたままになっていることは否定できません。「モンスーン経済」とも呼ばれ、降水量と株価が連動するとも言われます。

インドで英語が使える一定以上の労働者層にとって、英語圏の他の国々で就労可能なのはアドバンテージで、実際、国外所得の国内への送金を示す経常移転収支は貿易赤字を半分ほど埋め、経常収支の安定に寄与しています。これはフィリピンなど国外への出稼ぎ労働者が多い国々と似た構造です。

しかし、大規模な経常移転黒字は、外貨を獲得できるような優秀な人材を吸収するだけの産業基盤が国内に存在しないことの裏返しでもあります。では産業構造がどうなっているかというと、貿易収支の観点からはとてもシンプルで、石油を輸入して(その輸入額よりも小額の)石油加工製品を輸出する。故に貿易収支は常に赤字。以上です。

IT産業は?ソフトウェア産業は?英語圏向けサービス産業は?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。それらはサービス産業や個別企業の成長率を見るならもちろん重要で、実際、経常移転収支と同規模の黒字を、サービス収支も獲得しています。でも、国民経済全体から見るとボリュームが足りない。サービス産業で外貨を獲得したところで、それ以上に石油に払ってしまっている状態です。

加えて、インドは高インフレ国。足下で多少落ち着く気配はありますが、ここ数年10%内外で推移しています。特に、輸入に頼る石油がインフレ動向を握っていて、原油価格が高騰したりルピーが下落すると、たちまちコストプッシュ型のインフレとなります。また、インフラ投資(輸送や貯蔵設備)の遅れから、農村部や低所得層の需要に供給が追いつかないこともインフレの一因と言われています。

実はインフレ問題≒石油価格上昇は政治問題でもあり、石油の輸入価格が上昇した場合は政府は補助金により国民の不満に答えるのが常態化しています。これは経済政策というより社会政策で、政体は民主主義でありながら社会主義的色彩が強い政策です。結果的に財政赤字の要因となっています。

(次回は、以上の理解を元に、為替や金利、さらに、望まれる経済政策についても記載します)



本日の一枚

ムンバイ南部にある世界遺産、チャトラパティ・シヴァージー・ターミナス駅(旧ビクトリア駅、1881年建造)。壮麗なヴェネチアゴシック様式。なのですが、駅なのに改札というものがなく、駅舎の中は切符を求める人、電車を乗り降りする人、床に車座になって食事する人々などが入り交じってほとんどカオス。プラットホームに入場するには5ルピー必要です。

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